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【考察】1250年前、女性天皇の寵愛を受けた僧が天皇の位を狙った大事件
1: もえるあじあ(・∀・) 2026/06/25(木) 01:05:04.
皇室典範改正論議などで時々見かける「道鏡」の名前

僕は日本史専攻でなかったので恥ずかしながらあまり知識がなく調べました

これは全日本人が知ってていい事件だと思うので
僕なりにまとめました(・∀・)


「常識」っていう博識な方々、ごめんなさい;
オリジナル記事5弾です!! ↓

今から約1250年前の奈良時代

「僧侶がものすごい勢いで出世し、政治の実権を握り、天皇の位を狙った」

という大スキャンダルが起きました
その僧侶の名前が「道鏡(どうきょう)」です

当時の天皇は称徳(しょうとく)天皇、聖武天皇の娘、独身
病気がちだった称徳天皇の傍にいたのが道鏡という僧侶でした

称徳天皇は道鏡の祈祷で回復したと言われ、彼を深く信頼するようになりました




道鏡はどんどん出世し、太政大臣禅師というとんでもなく高い地位まで上り詰め
「自分が天皇になりたい」と考えるようになります

天皇の位を継ぐのは天皇家(皇統)の血筋のみ、というのが
絶対的な原則(神話時代からの伝統)

にもかかわらず道鏡は、称徳天皇の絶大な寵愛を後ろ盾に
「自分を天皇に」と本気で目論みました




宇佐八幡神託事件(768年)

道鏡派は、
「宇佐八幡宮に神託(お告げ)を求めたら、道鏡を天皇にせよというお告げが下った」と発表しました

僧侶が天皇になるという前代未聞の事態に朝廷は大混乱

称徳天皇は神託の真偽を確かめるため、
側近の和気清麻呂を宇佐八幡宮(大分県)へ派遣しました





(最初は清麻呂の姉である尼僧をと考えたが、体力的に難しいため弟が代わりに行くことになった
(道鏡は清麻呂が出発する直前「良い報告を持って帰ってくれば大臣にしてやる」と持ちかけたそうです


清麻呂が宇佐八幡宮で祈ると、
神は「天皇の位は天皇家だけが継ぐべきもの。無道の者(道鏡)は早く追い払うべし」
と、明確なお告げを下しました。





清麻呂はこの神託を朝廷に持ち帰り、道鏡の野心を阻止しました




その後、道鏡は怒り、和気清麻呂を左遷

770年8月に称徳天皇が崩御し、光仁天皇(聖武天皇の叔父、天智天皇の孫、桓武天皇の父)が即位

後ろ楯を無くした道鏡は失脚し下野国(現在の栃木県)に流され、
和気清麻呂は呼び戻され9月に官界復帰

これ以降、約800年間、女性天皇は一切出ませんでした




道鏡の物語は、奈良時代最大の権力闘争であり、
「天皇の位は天皇家の血筋で継ぐべき」という原則を、強く印象づけた歴史的事件です




おまけ
和気清麻呂が流罪先から都に呼び戻されたのは、770年9月6日
歴史には、こんな偶然が時々あるのが面白いですね(・∀・)


長文を読んでいただきありがとうございました!

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