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【悲報】やりたい放題・野放し状態の日本のテレビ、「放送法第4条」は国際標準とかけ離れていた 海外はカメラワーク・編集など、映像や音の「演出」は、言語同様に規制対象





村上ゆかり@yukarimurakami5

映像の『見せ方』で印象はここまで変わる。テレビを見るときに注意すべき“非言語”のワナ

人は、何かを判断するとき、思っている以上に「目で見たもの」と「耳で聞いた音」に左右される。相手の表情、姿勢、声の調子、話す間合い。そうした要素が積み重なって、言葉の意味とは別に「印象」が形づくられていく。 たとえば、同じ内容の話でも、明るい場所で穏やかな声で語られれば安心感を覚えるが、暗い画面や低いトーンの声で伝えられれば不安を感じてしまうこともある。

テレビの政治ニュースも例外ではない。どんな発言をしたのかよりも、どんな表情で、どんな映り方をしていたのか。その印象が、無意識のうちに判断や評価として記憶に残っていく。

2026年2月、テレビ朝日の報道番組で、首相の選挙勝利演説が“カメラを意図的に傾けて撮影する「ダッチアングル」で放送された”として、SNS上で大きな話題となった。この報道に虚偽や誤報があったわけではなく、映像の「見せ方」だけが、視聴者の感情に影響を与えようとしたものではないかと、SNSで批判が起きたのだ。

●言葉ではない、映像や音による印象操作

ダッチアングルとは、カメラを意図的に傾けて撮影する映像技法のことを指す。画面を水平に保たず、あえて斜めにすることで、不安定さや緊張感、違和感を視覚的に強調する手法だ。
もともとは映画やドラマの世界で多用されてきた。登場人物の心理が不安定な場面や、異常事態が起きていることを表現する際に使われることが多い。「何かおかしい」「落ち着かない」という感覚を、視聴者に無意識のうちに伝えるための演出である。
こうした技法が、なぜ報道番組で使われるようになったのか。理由の一つは、テレビ番組全体の「演出化」が進んできたことにある。視聴率競争が激しくなる中で、ニュースもまた「見せ方」が重視されるようになり、映画的な表現が取り入れられてきた。
問題は、ダッチアングルという技法を用いた時点で、「不安」「異常」「不安定」といった評価が、映像の中に入り込んでしまう点にある。過去にも、NHKのニュース番組で政治家の映像に「ダッチアングル」と言われる構図が用いられ、「意図的に不安定に見せているのではないか」と批判が集まったことがあった。NHK側は『意図はない』と説明しているが、結果として視聴者に与える印象は変わらない。

撮影現場の制約や、編集上の判断の結果として選ばれることもあるだろう。しかし、結果として視聴者に与える印象は同じだ。たとえ意図がなかったとしても、ダッチアングルが使われた時点で、映像には一定の「評価」が入り込むことは間違いない。

報道とは、本来、事実をできるだけ偏りなく伝えることを目的とするものだ。その中に、強い心理的効果を持つ演出技法が持ち込まれることについて、これまで日本では大きく問題視されてこなかった。

●放送法4条は「非言語」を規制しない

日本の放送には、放送法第4条によって「政治的に公平であること」が求められている。この「政治的公平」は、これまで主に言葉の問題として扱われてきた。発言内容に誤りはないか、特定の立場だけを一方的に紹介していないか。チェックの対象は、ほとんどが言語情報に限られており、カメラワークや編集、音の演出といった「非言語的な要素」は、制度上、ほとんど検証の対象になっていない。構図や色調、音の使い方は、「演出」「表現の自由」として扱われ、政治的公平性の枠外に置かれてきた。その結果、日本のテレビ報道には、視聴者の印象を左右するさまざまな手法が、事実上、野放しの状態で使われている。

実際、日本のニュース番組では、視聴者の印象を左右する次のような非言語的手法が、特別な問題意識を持たれないまま使われている。

・ネガティブ連想編集
ある政治家の発言を紹介する際に、不祥事の映像や過去の失言場面を直後に重ねることで、発言内容とは別に否定的な印象を強める手法だ。

・表情切り取り編集
長時間の会見や答弁の中から、戸惑った表情や言い淀んだ瞬間だけを抜き出して放送する手法だ。全体を見れば問題のない場面でも、切り取られた部分だけが強調される。

・色調・照明操作
対象人物を暗めの照明や寒色系の色味で映すことで、無意識に「重苦しさ」や「不安感」を与える。逆に、好意的に扱う人物には明るい映像が使われることもある。

・音による印象操作
BGMを控えめにしたり、不安を煽るような効果音を重ねたりして、同じ映像でも受け取り方が大きく変わる。ナレーターの声のトーンや間の取り方も、印象形成に影響する。

・カメラ位置の操作
上から見下ろすような角度で撮れば弱々しく見え、下から見上げれば威圧的に見える。ダッチアングルも、この延長線上にある手法の一つだ。

これらの手法はいずれも、日本の法制度上、違法とはされていない。放送法4条は、こうした非言語的な編集手法を明確に想定しておらず、ほとんど問題にされてこなかった。視聴者が違和感を覚えても、それを是正する明確な仕組みは、ほとんど存在していないのが現状だ。

●海外では映像表現も公平性の「規制対象」

海外に目を向けると、カメラワークや編集等の、映像や音の「演出」は、言語同様に規制対象であることが常識である。

たとえばイギリスでは、公共放送BBCの編集ガイドラインや、放送規制機関Ofcomの基準において、映像表現そのものが「報道内容の一部」と位置づけられている。政治報道では、構図や編集、音の使い方によって、特定の人物や政策に有利・不利な印象を与えないよう、細かな配慮が求められる。視聴者に不安感や違和感を与える演出が、不必要に使われていれば、それだけで公平性の問題として扱われる。言葉が正確かどうかよりも、「どう受け取られるか」が重視されるのが特徴だ。

ドイツでも同様に、公共放送には厳格な中立性が求められている。視覚的な誘導によって、有権者の判断を歪めることは、民主主義の土台を揺るがす行為と考えられてきた。そのため、政治報道において強い心理効果を持つ演出は、原則として慎重に扱われる。

こうした考え方は、欧州全体に広がっている。政治報道は、単なる情報提供ではなく、有権者の意思形成に直接影響する行為である以上、映像表現にも高い倫理性が求められるという認識が共有されている。

アメリカは報道の自由が強い国として知られるが、それでも選挙や政治広告の分野では、映像による誤認誘導が問題視される。視覚的な印象操作が、有権者の判断を誤らせる場合、是正や訴訟の対象になることもある。海外に共通しているのは、「意図より結果」を重視する姿勢である。制作者が何を考えていたかよりも、視聴者がどう受け取ったかが判断基準になる。だからこそ、ダッチアングルのような心理的効果の強い技法は、政治報道では慎重に避けられている。

●国際標準とかけ離れた日本のメディア規制

日本の放送法は、主に言葉や事実関係を念頭において作られ、視覚や音による印象形成について十分に想定されていない。その結果、映像や音による報道が、長年にわたって規制されずに放置されている。
しかし近年、SNS上では、映像の見せ方に対する違和感や疑問が、以前よりも頻繁に共有されるようになった。「なぜこの角度なのか」「なぜこの編集なのか」といった声は、特定の政治的立場を超えて広がっている。多くの視聴者が、映像の背後にある編集意図や演出効果に目を向け始めている。非言語による偏向報道は、もはや気づかれずに機能する時代ではなくなりつつある。

国際標準とかけ離れたまま、放送法第4条の「政治的公平」は、今なお主に言語情報を前提として、映像や音の影響は周辺的な問題として扱われているのが実情だ。しかし本来問われるべきは、「違法かどうか」ではなく、民主主義社会において、報道がどのような役割を果たすべきかではないか。視聴者の判断に大きな影響を与える以上、映像表現について一定の説明責任や透明性が求められるのは当然だ。

今SNSで起きている「ダッチアングル報道問題」は、“日本のメディアが、国際標準から取り残されたままでよいのか”という、構造的な問題を問いかけている。

映像の向こう側にある「見せ方」に気づいた人たちは、もう元には戻れない。変わらなければ、“オールドメディア”という言葉が、揶揄ではなく現実として受け取られる場面は、さらに増えていくだろう。

午後3:59 · 2026年2月10日
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