カテゴリ
サイトについて

絵提供:2ch全AAイラスト化計画さま

Internet Explorer 9以降、
Google Chrome/Firefox最新版での閲覧を推奨します。

月別アーカイブ
記事検索
1
コメント
【考察】大英帝国と大日本帝国の意外な絆 ~1902年の日英同盟から2026年の日英協力まで
1: もえるあじあ(・∀・) 2026/06/22(月) 02:05:04.
先日、高市首相がイギリスと「経済安全保障に関する日英共同宣言」を発表しました
島国どうしの日本とイギリス、大日本帝国と大英帝国

1.大英帝国のピーク時勢力図(1921年頃)
世界最大の帝国で、「太陽の沈まぬ帝国」と呼ばれました
陸地面積約3,550万km²(世界の約24%)、
人口約4億人超(世界の約23%)を支配



2.大日本帝国のピーク時勢力図(1942年6月頃)
太平洋戦争中の最大版図。陸地面積約740万km²(一時的に世界の約5-7%程度)、
人口は合わせて2億人超
主に東アジア・東南アジア・太平洋諸島に集中した「海洋帝国」でした

大英帝国は世界の7分の1を支配し、
大日本帝国はアジアで初めて欧米列強に勝利した国になりました。

そんな2つの「帝国」が1902年に結んだ軍事同盟が今も続く日英関係の原点であり
冒頭の「経済安全保障共同宣言」にもつながってる、100年以上にわたるご縁です



少し気になったので以下まとめました(・∀・)
オリジナル記事4弾です!! ↓

① 1902年、日英同盟の誕生



1902年1月30日、イギリス・ロンドンで日英同盟が調印されました

当時の背景はシンプル
・イギリス:アジアでの権益(中国・インド)を守りたい
・日本:ロシアの極東南下を止めたい

イギリスは「光栄ある孤立」を捨て、
日本は欧米列強と初めて対等な軍事同盟を締結

これは日本にとって大きな外交的勝利でした



②日露戦争で証明された効果

同盟の真価はすぐに発揮されます
1904-05年の日露戦争
イギリスは中立を守り、日本を間接的に支援
日本はアジアで初めて欧米の大国に勝利しました
この勝利は、日本に「帝国」としての自信を与えました



③第一次世界大戦での協力

同盟は2回更新され、
第一次世界大戦では日本が同盟国としてドイツの植民地(中国・南太平洋)を攻撃
帝国同士のWin-Win関係が続きました



④1923年の終わりと第二次世界大戦

しかし1920年代、国際情勢が変わり、
ワシントン会議の影響で1923年に日英同盟は終了
その後、残念ながら第二次世界大戦では敵対関係になってしまいます。
戦争は両国に大きな傷を残しましたが……



⑤戦後、再びのパートナーへ

戦後、日英は敵から信頼できる友人へと完全に転換
民主主義、自由貿易、ルールに基づく国際秩序を共に守る関係になりました



⑥2026年現在 ― 「令和の日英同盟」

2026年6月、高市首相がイギリス訪問で経済安全保障に関する日英共同宣言を発表

主な協力内容:
・重要鉱物・サプライチェーンの強化
・次期戦闘機(GCAP)の共同開発
・サイバーセキュリティ・先端技術分野
・エネルギー安全保障



まさに「現代版の日英協力」と言える動きです

両国の意外な共通点

・島国であること
・かつて海軍大国だった歴史
・立憲君主制(王室・皇室)
・伝統を大切にしつつ、技術革新が得意
・「自由で開かれたインド太平洋」を重視

生活面でも紅茶・庭園・サッカーなど親しみやすい文化交流が続いています
まとめ

帝国時代に同盟を結び、戦争で一度敵対し、今は経済安全保障で再び手を組む——

日英関係は、ただの「最新ニュース」ではなく、100年以上続く一つの物語です
歴史を知ると、世界の見え方が少し変わりますよね(・∀・)

この記事を読んだ方はこんな記事も読んでいます

オススメの新着情報

コメントページはこちら

管理人より
今年もよろしくおねがいします(´・ω・`)

手洗い・うがい・睡眠・栄養もお願いいたします
最新記事